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富士紀行

贈大納言雅世卿

永享第四の年長月十日。公方樣富士御覽のために東國へ御下向あり。可㆓供奉㆒之旨兼日より被㆓仰下㆒。今曉まかり立侍りしに。相坂の關をこえ侍とて。

思ひたつ心もうれしたひ衣きみか惠にあふさかのせき

今曉より雨はれて。空も心よくみえ侍しかば。

秋の雨の遙々思ふふしのねはけさよりやかて空もへたてし

草津と申所にて。

枕にはむすはてすきつ旅ころも草つの里の草の袂を

やす川にて。

我君の御代にあふみちけふもはや渡る心ややす河の水

守山のほとり田のもはるかにみわたされて。

しつのめか田面のいねをもる山の梢も今そ色付にける

かゞみやまをみて。

老の坂はやこえかゝるかゝみ山今さらなにか立よりてみむ

十一日。いまだ夜ふかきに。老曾杜はこゝのあたりと申侍りしかば。

明やらぬおいその杜の薄紅葉いまは夜ふかき色かとそ思ふ

山のまへとかや申所にて。

しつのめか通ふいへゐも稀なるや麓は山のまへのたなはし

犬上と申里にて。

をのつからとかめぬ里の犬上やとこの山風おさまれる世に

二本杉と申所にて。

ふたもとの杉とて又もあふみちにふる河のへを思ひ出らし

不破のせきは苔むして。板びさしもしるしばかりみえ侍りければ。

板ひさし久しき名をは猶みせて關の戶さゝぬふはの中山

たる井と申所につき侍て。

里人もくみてしらすやけふ爱にたるゐの水の深き惠を

十二日。夜をこめて。あをのが原と申所を過るとて。

草のはの靑野か原もみえわかて夜ふかく分る露そ寒けき

赤坂と申所にて。いまだ夜も明侍らず。友なひ侍る人々も跡におくれ侍を。しばしまち侍しほどに。

行つれぬ友さへ跡に殘るよをしはしやこゝにあかさかの里

なか橋と申所を過侍るに。あたの田のもゝ遠く見わたされて。

秋ふかき田面に續くなか橋はほなみをかけて渡すとそみる

中川と申所にて。

都より流れ出ける末なれや今はた渡る中川のみつ

むすぶのまちやとかや申所にて。

朝露の結ふのさとのたひ衣わくる草葉も色かはるらし

十三日。尾張國おりつと申所を夜ふかくたち侍るとて。

夢路をも急ききにける旅なれや月に假ねの夜をおりつまて

あつたの宮を過侍るほどにかの社頭の鳥井の前にて。

神垣も光そふらしうこきなきよもきか嶋に君を待えて

なるみがたのほとり海づらにつゞきて野あり。これぞうへ野なるらむとおぼえ侍て。

あさ日さすなるみの上野鹽こえて露さへ共に干潟とそなる

又おもひつゞけ侍ける。

道の爲我思ふことのなるみ潟願ひみちくるしほせともかな

星崎と申所にて。今日は名月なり。空も心よく晴て。月もなをえ侍ぬとみえしかば。

ほし崎や熱田の方の空はれて月もけさよりなこそしらるれ

夜さむの里と申も此國と聞侍しかば。

よしさらは宿りとらしと旅衣よさむの里をよきてこそゆけ

さかひ川をみて。

それときくしるしはかりか堺川ほそき流れは名に流れても

參河國八橋にて。

八橋のくもてに渡るひまもなし君かためにといそくたひ人

矢矧の里近く成て。道のかたはらにまゆみのもみぢしたるを見侍て。

道のへのまゆみのかた枝紅葉して爱や矢矧の里とみゆらむ

我君の治れる代はあつさ弓ひかぬやはきのさとにきにけり

今夜の良辰月もことにくもりなく晴て。名をあらはし侍ぬること。千載之一遇。萬秋之芳躅。めでたくおぼえ侍ければ。

君か代はなをなかつきの月の名も所からにそ光りさしそふ

おなじく此處にて三條相公羽林續歌十三首を講じ侍しに題をさぐり侍て。

名所山月

雲もきえ霧もはれ行秋のよになのみ二むらの山のはの月

名所里月

秋ふかき夜半のころもの里人は月にめてゝも月や寒けき

名所浦月

さそなけに今宵の空の淸みかたみぬ俤も波の上の月

名所潟月

過きつる跡になるみの鹽ひかた心をさそふ夜半の月かな

寄月忍戀

やとさしな淚の露もよるこそとおきゐて思ふ袖の月かけ

十四日。こゝの御とまりを立侍しに。河あり。これや豐川と申わたりならむとおぼえて。

かり枕いまいく夜有て十よ川やあさたつ浪の末をいそかむ

衣の里ときゝ侍しも。此あたりやらむと覺えて。

賤のめかうつや衣の里のなを吹秋かせのつてにしらせよ

山中と申所あり。折ふし鹿のこゑほのかにきこえければ。

おほつかなこの山中になく鹿のたつきもしらぬ聲の聞ゆる

花ぞの山はいづくにてか侍らむとおぼえて。

旅衣いさ袖ふれん秋の草の花その山の道をたつねて

引馬野も此國ぞかし。いづくならむと分明ならねど。

たひ人ののるより外もひく馬のゝ野への秋萩花やみたれむ

いづくの程にて侍しやらん。社壇あり。人にとひ侍れば。八幡宮と申。鳥井の前にて。今度の御旅のめでたさ。御神慮も殊に揭焉におぼえ侍て。

いはし水君か旅行すゑも猶まもらむとてや跡をたれけん

國々所々の御路次。兼日用意のほどもみえて。いづくもさはる所なく。御路つくらせ侍りけるとみえしかば。

民やすく道ひろき世のことはりも猶末遠くあらはれにけり

高師山と申も此あたりにてやとみえて。

富士のねに及はぬ名のみたかし山高しとみるも麓なるらし

十五日。遠江國鹽見坂にて御詠を下され侍しに。

しほ見坂さか行君にひかれてそさらに名高きふしを眺むる

又今日二子づかと申所にての御詠とて。同下され侍し次に。

富士をみる此ことの葉に顯れて名に立のほる二子つかかな

十六日。橋もとの御とまりを夜をこめて立侍しかば。濱名橋をうちわたして。

忘めやはまなのはしもほの〳〵と明わたる夜のすゑの川浪

濱名河夜みつしほの跡なれやなきさにみゆる海士の小舟は

時雨けしきばかり過侍しかば。

旅衣しほれたにせぬしくれ哉もみちをいそくけしき計りに

さき坂山と申所にて。

遠くみるふしの高ねもしら鳥のさき坂山をけふそこえぬる

十七日。此國の府中を立侍るほどに。かけ川と申所にてあめふり侍しかば。

たひ衣袖になみたをかけ川やぬれていとはぬけふの雨かな

菊川と申所にて。

汲てしる君か八千代も末とをき名にきく河の花の下水

さやの中山を越侍とて。

なをさりにこゆへきものか我君のめくみも高きさやの中山

こままがはらとかや申所にて御詠を拜見し奉りて。

たくひなくあすみよとてや秋の雨にけふ先ふしの搔曇るらん

かくて駿河國藤技と申所に御つきあり。十八日のあした。所をまかり立侍に。岡部の里を過て。やがて宇津山にわけ入侍る程。所の名も其興有ておぼえ侍り。曩祖雅經卿ふみわけし昔は夢か宇津の山跡ともみえぬつたの下道と詠侍し事までおもひ出られ侍て。

昔たにむかしといひしうつの山越てそしのふつたの下みち

さと過て又こそかゝれうつの山をかへのまくすつたの下道

斯て此國の國府につき侍り。富士もことにさだかに見え侍しかば。

富士のねの山とし高き齡をも君まちえてや今ちきるらむ

此國の守護上總介範政に御詠を被㆑下侍し次に。

此宿にかゝること葉の玉しあれはふしのみ雪も光そふらし

十九日のあした。猶此所。又御詠を數首拜見し奉りて。

ふしのねの月と雪とに明す夜や君かことはの花をそへけむ

忘れめやくもらぬ秋の朝日影雪ににほへるふしのなかめを

朝明のふしのねおろし身にしめて思ふ心もたくひやはある

富士の高根に雪のかゝり侍るが。綿ぼうしに似侍るよし。御詠にあそばされ侍しかば。

雲やそれ雪をいたゝく富士のねもともに老せぬ綿ほうし哉

又御詠を被㆑下侍しほどに。

都よりはる〳〵來てもふし川や行としなみは猶そかさねむ

廿日。淸見寺へ渡御に供奉して於㆓彼寺㆒御詠を拜見し奉りて。

けふかゝること葉の玉を淸みかた松によせくるみほの浦波

吹風も猶おさまりてたゝぬ日はけふとそみゆる田子の浦波

やがて府中に還御あり。廿一日早旦に又持參。

富士のねは名高き山と言のはに君のこしてそ幾千代もへん

又御詠を下され侍しかば。

數々のことはの花をみやこ人ふしより高く猶やあふかむ

かくて此所をまかり立侍しほどに。私の宿に一首よみをき侍る。

雪に暮し月にあかして富士のねの面影さらぬ宿やしのはむ

今日又宇津の山をこえ侍るとて。

立かヘりうつの山ちのつたひきて夕露分るたひ衣かな

てごしとかや申所に。遊女とおぼしくて門に立侍をみて。

おほけなくよその袖迄引はやと見ゆるてこしの里の浮れめ

又藤枝の御とまりにつき侍て。

秋の露もわかむらさきの色に出よ松にかゝりし藤枝の里

範政詠進につきて。御詠をくだされ侍しついでに。

誰もみなひかりにあたる日本の神と君とをさそてらす覽

廿二日。夜をこめて立侍るに。せとやまとかや申所にて。

都にと又こそいそけをひ風も船路にはあらぬせとの山こえ

嶋田川と申所にて。

しま田川はしうちわたす駒の足もはやせの浪の音そ聞ゆる

大井川と申所にて。

思はすよみやこの西のおほ井河東路かけてなかれこんとは

又さよの中山にて御詠を拜見して。

君よりも君をやしたふ今日さらに又あらはるゝ富士の高根は

廿三日。此國の府中をたち侍るに。あけぼのゝ空霧わたりて。鴈の鳴侍るを聞て。うへ松と申所にて。

行末のちとせをかけて君か爲けにうへ松の里とこそみれ

ひくま野と申所も此あたりときゝ侍て。

惠ある君にひかれてひくまのや旅としもなき旅のみち哉

又みちのかたはらにふるき松あり。木だちの拈比類なく。其興ある松也。人に問侍れば。八百年ばかりの星霜をも送侍るらむ。名をばせうらが松と申侍しかば。

翁さひうへけるのへの松か枝はさていく秋の霜をへぬらん

はまなの橋もやう〳〵ちかく成しかば。

けふは又めにかけてのみいそくかな濱名の橋の遠き渡りを

廿四日。橘下の御とまりを立侍しに。雨ふり出侍しかば。

旅人のみのゝうは毛もしらすけの湊やいつく雨はふりきぬ

いまばしと申所にて。

君かためわたす今橋今よりはいく萬代をかけてみゆらん

矢はぎのとまりちかくなりて。

梓弓かへるさ近くなりにけりおなしやはきの宿をとふまて

廿五日。此御とまりを立侍て。なるみのほとりを過侍とて。

[一行闕]

廿六日。濃州すのまたと申所にて。

をのつから名になかれすの又類あらしとみゆる浪の上哉

なが橋と申所にて。

立かへる此長はしも長月やすゑになるまて日數へにけり

廿七日。たる井の御とまりをつとめて立侍しに。山田の面にいねほしたるをみて。

朝日さす山田のをしねかりつみて夜をく露を先やほす覽

かしは原と申所にて。

秋さむみ下葉いろつくかしは原露のみもろく風渡る也

さめが井と申所にて。

君か代は流れも遠しさめか井のみつわくむ共盡しとそ思ふ

をのと申所にて紅葉を見侍て。

たひ衣もみちのぬさもとりあへす都のにしき又やかさねん

あつさの關にて。

もろ人も此せきの名の梓弓手にふれぬ代はのとか成らし

武者の宿につき侍て。

わか君の御代をおさむる武者の名を聞里もしつか也けり

この御とまりにて御詠を被㆑下侍しに。

若枝のみそふへき千世の秋かけて何か老その杜の紅葉は

Tóm tắt
永享4年、公方が富士山を訪れるために東国へ向かう様子を描いた古典文学作品。旅の途中で自然や風景を詠んでいる。友との別れや旅の孤独を感じながら、美しい風景や月の光に心を奪われる。名所山月、名所里月、名所浦月、名所潟月など、自然の美しさを詠んだ歌も収められている。