『盡忠報国 岳飛伝・大水滸読本』 17年間、全51巻の締めくくりに - 時代伝奇夢中道 主水血笑録

contente

 先日文庫版も完結した北方謙三の大水滸伝第三部『岳飛伝』。その『岳飛伝』と大水滸伝全体の読本であります。対談やインタビュー、エッセイ等に加え、思いもよらぬ企画まで、読み応え十分の一冊です。

 全17巻で完結した『岳飛伝』に加え、『水滸伝』全19巻、『楊令伝』全15巻と、実に計51巻、17年間に渡って描かれてきた大水滸伝。私も水滸伝ファンの端くれとして、この極めて意欲的で刺激的な「水滸伝」を楽しませていただきました。
 そのある意味締めくくりの一冊として刊行された本書も、ある意味ボーナス的な気分で手に取ったのですが――これが想像以上にユニークで楽しい一冊でした。

 これまで刊行された『替天行道』『吹毛剣』の二冊の読本同様、様々な企画記事を集めて構成された本書。対談4本、インタビュー2本、作者や評論家、担当編集者によるエッセイ、名台詞や用語辞典、さらにはダイジェスト漫画まで――約470ページぎっしりと詰まった内容はなかなか圧巻であります。
 本書に収録された記事は基本的には雑誌やwebサイトに掲載されたものが大半なのですが(作者と原泰久の対談、岳飛伝年表、編集者のエッセイの一部、漫画「圧縮岳飛伝」等が主な書き下ろしでしょうか)、単行本派としてはほとんど初見の内容なのでこれはこれでありがたいところです。

 名台詞と用語辞典は連載途中のものであるため(というより前者は『楊令伝』までの内容)『岳飛伝』を網羅していないのが不満ですが、それ以外の対談やエッセイは連載終了後のものが多く、完結後の今読んでも違和感がないのが嬉しいところであります。
 特に川合章子「『岳飛伝』――その虚と実」は、タイトルのとおり『岳飛伝』の内容と対比しつつ、史実の北宋末期から南宋初期の時代や岳飛の生涯を解説した記事で、必読とも言うべき内容と言えます。

 また語り下ろしの原泰久との対談の中では (あまり潜在能力を発揮すると寿命が縮むと言われて)「それで縮んだ寿命は、それをもってよしとする覚悟をすれば、縮まない」 (原泰久が無理をして体調を崩したという話に)「それはまだ、技術的に潜在能力を常に出すというところを発揮していないんだよ」

と作中の人物のようなことを語る作者の言葉がたまらないところであります。

 さて――本書の内容について軽く紹介しましたが、しかし個人的に本書において必読の内容はその他にあります。それは「やつら」と題されたwebサイト掲載の内容+αの企画――作者たる北方謙三が、作中で命を落とした登場人物たちと邂逅し、対話する企画であります!

 その相手も、林冲・魯達・楽和・丁得孫・凌振・朱貴・石勇・時遷・扈三娘・王英・鄒潤・張横・李袞・童威・皇甫端・宋清・湯隆・陶宗旺――作中で大活躍した作品を語る上で欠かすことのできない大物から、梁山泊入りしてすぐに亡くなった者、大した活躍はできなかった者まで、多士済済であります。

 そんな面々が、(死後の?)世界に紛れ込んだ作者に対して、あるいは語り合い、あるいは問いかけ、あるいは愚痴をいい――思わぬ裏設定が語られたりするのも嬉しいのですが、何はともあれ、今この時代に作者が作中人物と対談する企画が堂々と描かれるとは、と驚かされます。
 ……そしてそれがきっちりと北方作品として、大水滸外伝として成立しているのには感心するばかりであります

 また、巻末の超ダイジェスト漫画『圧縮大水滸伝』は、作者の、そして作品のイメージとはだいぶ異なる、「今時の」ファン漫画的な内容なのにも驚かされますが、こうした読者層までファンが広がったことが大水滸伝の強さであり、受容の証なのだなあ――と今更ながらに感じたところです。

 何はともあれ、本書は『岳飛伝』全17巻、いや大水滸伝全51巻の締めくくりとして、ファンであれば楽しめる一冊であることは間違いありません。

 さて、『チンギス紀』読本は出るのか……(気が早い)

『盡忠報国 岳飛伝・大水滸読本』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
盡忠報国 岳飛伝・大水滸読本 (集英社文庫)

関連記事
 北方謙三『岳飛伝 一 三霊の章』 国を壊し、国を造り、そして国を……
 北方謙三『岳飛伝 二 飛流の章』 去りゆく武人、変わりゆく梁山泊
 北方謙三『岳飛伝 三 嘶鳴の章』 そして一人で歩み始めた者たち
 北方謙三『岳飛伝 四 日暈の章』 総力戦、岳飛vs兀朮 そしてその先に見える国の姿
 北方謙三『岳飛伝 五 紅星の章』 決戦の終わり、一つの時代の終わり
 北方謙三『岳飛伝 六 転遠の章』 岳飛死す、そして本当の物語の始まり
 北方謙三『岳飛伝 七 懸軍の章』 真の戦いはここから始まる
 北方謙三『岳飛伝 八 龍蟠の章』 岳飛の在り方、梁山泊の在り方
 北方謙三『岳飛伝 九 曉角の章』 これまでにない戦場、これまでにない敵
 北方謙三『岳飛伝 十 天雷の章』 幾多の戦いと三人の若者が掴んだ幸せ
 北方謙三『岳飛伝 十一 烽燧の章』 戦場に咲く花、散る命
 北方謙三『岳飛伝 十二 瓢風の章』 海上と南方の激闘、そして去りゆく男
 北方謙三『岳飛伝 十三 蒼波の章』 健在、老二龍の梁山泊流
 北方謙三『岳飛伝 十四 撃撞の章』 決戦目前、岳飛北進す
 北方謙三『岳飛伝 十五 照影の章』 ついに始まる東西南北中央の大決戦
 北方謙三『岳飛伝 十六 戎旌の章』 昔の生き様を背負う者、次代を担う者――そして決戦は続く
 北方謙三『岳飛伝 十七 星斗の章』 国を変える、国は変わる――希望の物語、完結

Resumir
北方謙三の大水滸伝第三部『岳飛伝』の読本が刊行され、対談やエッセイ、漫画など多彩な内容が収められている。全51巻の大水滸伝を締めくくる一冊で、特に作者と登場人物の対話企画がユニーク。名台詞や用語辞典もあり、ファン必見の内容となっている。巻末のダイジェスト漫画も新たな読者層を引き寄せており、作品の魅力を再確認させる一冊である。