「ううん……まさかこんなことになるとは……」
「ご、ごめんね。私が下手こいたばっかりに……」
決闘が終わり、授業をこなしてから、マーロンは家路についていた。
ポリポリと頭を掻いている彼の隣には、幼なじみのヘレネがいる。
申し訳なさそうに頭を下げており、その瞳はうるんでいた。
気にするなよとマーロンが頭をぽんぽんとすると、こぼれ落ちかけていた涙が引っ込んだ。
二人の通学路が同じなのには理由がある。
魔法学院の特待生には、一人ごとに一軒家が使用人付きで貸し与えられることになっている。
随分贅沢なことだが、特待生に選ばれる者は将来必ずエリートになると見込まれている。
これはそのための先行投資のようなものだと、マーロンは考えていた。
マーロンとヘレネの家は、かなり近い。
そのため二人は王都にやって来てからも、ご近所付き合いを続けているのだ。
「でもなんだか、思っていたのとは随分違う展開になったよな。とりあえずヘレネの身になんにもなかったのは助かったけどさ」
「マーロン……」
自分を上目遣いで見上げるヘレネに笑いかけながら、マーロンは決闘の後の諸々を思い返す。
いったいどんなとんでもないことを命令されることになるのか。
「自分の命だけで済めばいいが……」
という悲壮な覚悟を固めていた彼が報酬として求められたのは、やり直し係というよくわからない係への就任だった。
彼は役目に就かされたのち、すぐにヘルベルトに引きずられ、事情説明を受けることとなった。
やり直し係というのは何か。
これは簡単に言ってしまえば、ヘルベルトがやり直すための手助けをする役目のことだ。
ヘルベルトは今まで色々な方面に面倒や迷惑をかけてきた。
そして現公爵である父親を始めとした色々な人間に、相当な悪感情を持たれてしまっている。
それらをなんとかして好転させたいと、彼は考えているらしいのだ。
まさかそんな殊勝なことを考えているとは、思ってもみなかった。
あまりの驚きっぷりに、マーロンは話を聞いている間ずっと口をぽかんと開けていたほどだ。
『俺は現状を変えたい。今の俺にできる限りのやり直しがしたいんだ。だからマーロン、お前にはそのための手伝いをして欲しい』
そんな風に頭を下げながら下手に頼まれたものだから、マーロンとしても受けざるを得なかった。
ひどいことを命令されたのならそれに反発することもできたが、今回されたのはあくまでも係の任命だけ。
なんら強制力のあるような義務もないので、極論マーロンは何もしなくても問題はない。
「でもヘルベルトは……俺が思ってたのとは、ずいぶんと違うやつだったみたいだな」
「そ、そうだね……私は結構、怖い思いしたんだけどな……」
マーロンはヘルベルトを、ヘレネを毒牙にかけようとしたゲスな貴族だと思い込んでいた。
だが真摯に頼んで頭を下げた彼の態度に、嘘はなかったように思う。
きっとやり直したいというのも、本心のはずだ。
「ああ、態度はたしかに横暴な貴族の典型みたいなやつだけど……もしかすると俺が誤解しているだけなのかもしれないな」
何事も決めつけはよくない。
決闘を終え、今のマーロンはそう思っている。
油断していたつもりはまったくない。
けれど決闘の結果は、マーロンの負けだ。
ヘルベルトは、修行をサボっている自堕落な貴族だと思い込んでいた。
けれどあの何度打たれても倒れないガッツは、ただのボンボンの跡取り息子では身につけることのできないものだ。
そして極めつけはあの魔法。
一体どういう理屈かは不明だが、マーロンは発動する直前まで魔法の存在にも気付かなかった。
決闘の内容に文句はない。
入学から数えればヘルベルトとの禍根はいくつかあったが、マーロン自身はあれで清算できたとも思っている。
そしてあのひたむきな戦いは、ヘルベルトが真剣に変わろうとしているのだと理解するのに十分なものがあった。
現状をよくしようとするヘルベルトに、嫌悪感を抱くはずもない。
それならば自分にできることくらいは、してあげるべきだろう。
マーロンの心は、既に決まっていた。
「とりあえず明日、ネルと話をするか」
「……うん、わかったよ。マーロンは真面目だね」
「どちらかというとヘレネの方が真面目じゃないか? 座学の成績はそっちの方が上だし」
「そ、そういうことを言ってるわけじゃないんだけどな……」