このままだと全部セルフ没にして一向に新作投稿しない未来が見えたので投稿します。伸びを見つつ続けるか決めると思います。面白そうだなと思ったら軽率にブクマと星をよろしくお願いします……!
―――
「泊まるとこ探してんなら俺の家泊めてやるぜ? もちろんタダ。だいじょぶだいじょぶ、何も変なことはしねぇからさぁ」
夜、バイト帰りの俺――幸村(ゆきむら)湊(みなと)は少しでも早く帰るために通っていた繁華街の裏道で、そんな男の声を聞いた。
薄暗い道の先へ目を凝らすと、ちょうど街灯の下で男が一人の少女へ話しかけているのが見えた。
軽薄かつ欲望を隠そうともしない笑みを浮かべる男。
「……泊めてくれるの?」
だが、囲まれているはずの少女の至極冷静な声が路地に響く。
「君みたいな超かわいい女の子なら誰でも助けるって」
下心が透けている言葉に気分が悪くなる。
この男に善意があるわけがない。
自分の性欲を発散するためだけに少女を誘っている。
自然と買い物袋を提げていた拳が握られるも、男が立ち位置を変えたことで少女の姿が俺の目に飛び込んできて――驚きのあまり口が僅かに開いてしまう。
俗にゴスロリ系と呼ばれる、全体的にひらひらとした服。
メイクで雰囲気も変えているけど、俺は彼女のことを一方的に知っていた。
「……あれ、うちの大学の琴朱鷺(こととき)莉世(りせ)、だよな?」
俺も通う開明大学の二年生には『白雪姫』と呼ばれる、御伽噺から飛び出してきたかのような生徒が在籍している。
それが今、俺の目の前で男と話している少女――琴朱鷺莉世だ。
『白雪姫』の元になったのは琴朱鷺の容姿だ。
白雪のように透明感のある長髪を靡かせ、やや長めの前髪から覗く瞳は虹彩が青みがかった淡い碧眼。
それだけでも日本では目を引く理由になるというのに、琴朱鷺は顔立ちも高名な人形師が作ったかのように整っている。
女性としても小さめの身長と全体的に薄い体格が儚げな雰囲気を醸していて、女性よりも少女という表記の方が似つかわしい。
なんなら猫っぽさもあると個人的には思っている。
大学では無口で人と関わろうとせず、本当に人形のように過ごしているのを何度も見かけた。
そんな琴朱鷺は当然のように男たちからは高い人気を誇っているけど、彼氏がいるなんて話は聞いたことがない。
また、琴朱鷺への熱狂的な信者が集うファンクラブも存在している。
俺も友人づてで聞いた話によると琴朱鷺の声を聞けるだけで今日の運勢は最高! なんて言い出す熱狂的な信者もいるらしい。
とはいえ俺から琴朱鷺への認識は観賞用の綺麗な花、みたいな感じだったけど……これはちょっと話が違う。
一番楽なのは見て見ぬふりをしてここを立ち去ること。
話の先は琴朱鷺の選択に委ねられ、俺はそこに一切関与しない。
「…………無理、だよなあ」
ここまで話を聞いてしまったら、どうなるかなんて目に見えている。
どれだけ強く琴朱鷺が断ったところで極上の獲物を前にした獣は退いてくれない。
強引に琴朱鷺を連れ帰り、そのまま何度も楽しむのだろう。
流石に見て見ぬふりは寝覚めが悪い。
実は琴朱鷺は過去に一度だけ助けたことがある。
目の前で躓き、転んで足を捻ってしまった琴朱鷺に応急処置をしただけだけど。
当時は琴朱鷺という名前も知らなくて、ただ可愛い女の子だな――程度にしか思っていなかった。
琴朱鷺もきっと覚えていなくて、俺も恩に着せるつもりはない。
お人好しの俺が勝手にやっているだけのこと。
なら、一度も二度も変わらない。
勇気を振り絞って息を整え――男の横をすり抜けて琴朱鷺に駆け寄り、
「ここにいたのかっ! 探したぞっ!?」
その手をしっかりと握って「逃げるよ」と小声で伝える。
「は? なんだよこいつ」
「俺の彼女(・・・・)がお世話になりましたーっ!」
三十六計逃げるに如かず。
最強の護身術が脇目も振らない逃走だ。
俺は強引に琴朱鷺の手を取り、繁華街の方へ走り去った。
「はあっ……はあっ…………ここまで来れば追ってこないでしょ」
大通りに出たところで後ろを振り返る。
男の影がないことを目視で確認し、ほっと一息。
「…………ねえ」
「っ! あ、ごめん。偶然見かけて危ない感じがしたから引っ張ってきちゃったんだけど……もしかして迷惑だった?」
息を切らしながらも間近で一言発せられた琴朱鷺の囁くような声。
それに驚きつつも聞き返せば、肯定も否定もせずに俺の顔を見上げた。
大通りに眩いほど溢れる明かりが琴朱鷺の顔を照らし出す。
控えめに開かれた長い睫毛が彩る碧眼が映しているのは俺の顔。
白い肌よりもさらに白く夜を染める白髪がさらりと風に靡いて、ほのかに柑橘系の香りが鼻先を掠める。
囁くような声を発したであろう唇はイチゴのように赤く、蠱惑的な魅力を漂わせていた。
こうしてパーツを取り出してみると、やはり琴朱鷺莉世に間違いない。
本人だとわからなくなるほど濃い化粧をしていないから俺にもわかったのだろう。
「それはいい。それより、手」
「手? …………あ」
琴朱鷺の言葉でまだ手を繋いでいたことに気づき、慌てて離す。
細く華奢な指と薄いはずの手の感触が頭に残り続ける。
「幸村湊、で合ってる?」
「……なんで俺の名前を」
「前に助けてくれたから覚えてる」
違う? と小首を傾げながら問われ、俺の方が驚いてしまう。
あの時限りしか関りがなく、名乗ってもいないのに名前と顔を覚えられているとは思わなかった。
俺の顔や背格好はそこまで特徴的じゃないからな。
背は平均よりちょっと高いくらいだけど、顔が特別いいわけでもない。
明るすぎず暗すぎず、家族や友人から底抜けのお人好しと呼ばれること以外は中途半端な存在だと認識している。
「そういう君は俺と同じ開明二年の琴朱鷺莉世で合ってる……よな?」
「うん。いつもと服違うのによくわかったね」
「……まあな」
特徴的な髪と目だから見間違える方が稀じゃないか?
「というかこんな時間にあんな道を通らないでくれ。危ないから」
「……どうして?」
「どうしてって……琴朱鷺を狙った男たちがああやって強引に誘って――」
「声をかけたのは私から」
「…………なんで?」
「家出したけどお金忘れてきたから、泊めてくれる人を探してた」
琴朱鷺が家出?
それが本当なら俺は余計なことを……?
いや、あの男が琴朱鷺を泊めるだけで終わるはずがない。
「あの人を追い払わなかったのは家に連れて行ってもらえそうだったから(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。湊はそんな私を連れ出した。だから、責任を取るべきだと思う」
「……ごめん、理解が追いつかないんだけど」
自分が名前で呼ばれていたことも気にならないほど混乱している俺を差し置いて、琴朱鷺は自分のペースで話を進めていく。
それにしてもよく喋るなあ、なんて場違いなことを考える程度には現実逃避をしていた俺を引きずり出すように、離したはずの手が琴朱鷺の両手で包まれる。
「家、連れてって」
上目遣いで発せられたそれは、年頃の男としては抗いがたい誘惑だ。
手が届かないほど高嶺の花だと思っていた琴朱鷺が自分の部屋に泊まる。
これだけでいくら払ってもいいと言い出しそうな人を大学で何人も見かけた。
「それは出来ない」
「どうして?」
「……男の家に簡単に泊まるなんて言い出すとろくなことにならないぞ」
「どんなこと?」
本気でわかっていなさそうな様子で首を傾げる琴朱鷺。
まさかここまで危機感がないとは思わなかった。
でも、正直に伝えていいものか。
俺の迷いを察したかのように「ああ」と琴朱鷺が呟いて、
「エッチなことを求められるならそれでもいいと思ってた。お金を持っていない私に支払える対価なんてそれくらいしかないから」
などと、平然と言い出した。
琴朱鷺は危機感がないんじゃない。
それすらどうでもいいと思っていただけ。
本人の口から告げられたからか、琴朱鷺が酷く危うい状態のように見えてしまう。
「もし湊が私を泊めるのに対価が必要って言うなら、そういうことをしてもいい」
……冗談じゃない。
俺はそういうのを求めていない。
花なら眺めているだけがちょうどいい。
「……なら金を渡すからどっか泊まれるとこを探してくれ」
呆れ果てた俺が財布から一晩泊れるくらいの金を渡そうとするが――
「独りは、嫌」
絞り出すかのように呟かれた言葉が、喧騒に掻き消される前に耳に届いた。
届いてしまった。
手がさらに強く握られ、琴朱鷺は身を寄せてくる。
その姿は迷子になった子どもが心細さを全身で訴えているかのようだった。
俺の手には余る。
だけど琴朱鷺の話を聞いている限り、俺がここで断ったら家に連れて行ってくれる他の誰かを探して街を彷徨ってもおかしくない。
そうなったら琴朱鷺は――。
……ああ、くそ。
「今日だけだ」
「……え?」
「一晩なら俺の家に泊まっていってもいい。放置する方が危険だ」
「…………本当にいいの?」
「その代わり妙な真似はするな。飯を食って、寝て、明日も大学に行く。それで俺たちの関係は終わり。約束してくれ」
視線を合わせて伝えれば、琴朱鷺は「わかった」と本当に理解したのか怪しい表情で首を縦に振るのだった。
―――
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも面白い、続きが読みたいと思ったらブクマと星を頂けると嬉しいです!
執筆のモチベーションになりますのでよろしくお願いします!
初日12時過ぎにも更新です。明日からは7時過ぎ更新一話の予定です。
―――