と、いうわけで、どうやら世間一般ではそういう認識になっているみたいだが、これから私が紹介する「ロランの歌」とは、こういう内容だ。
「ロランの歌」を読むならば、何も難しいことは必要ない。 ただ、全ての物語は主人公のためにあるのではないこと、その物語好きになるのに、必ずしも主人公を好きになる必要はない、ということを知っていれば、それでいい。
主人公は、身分高くマッチョで不死身だが、おつむの中身は絶望的なまでに空っぽ、分別や知性が感じられるシーンが皆無に等しいという、ちょっと援護に苦しいヒーロー。功名に関わる冒険には進んで飛び込んでいくくせに、騎士なのに、ほとんど人助けもしていない。リアルに居たら、まず係わり合いになりたくない人物。 そんな単細胞バカが、勝てもしない戦いに飛び込んでいって仲間を全滅させた挙句、悲嘆にくれて死ぬというだけの話である。 主人公を好きになることは難しいし、主人公だけに注目していたら、このうえなくつまらない駄作に見えるだろう。 事実、ずっと昔にこの物語を読んだときには、全く面白いとは思わなかった。 主人公のバカっぷりに辟易するとともに違和感を覚え、主人公の死んだ後、残されたものたちの繰り広げる後始末のあまりの後味の悪さに、本を閉じて記憶から消してしまったほどだ。そう、子供のころの私は、物語といえば主人公を中心に話が進むものだと思っており、嫌悪感を抱く主人公など存在してはならないと思い込んでいたのだ。 大人になり―― 社会人となって再びこの物語を手にとったとき、唐突に気がついてしまった。 「ロランの歌」とは、部下たちの苦労に注目すべき物語なのではないかと。
ロランは、力と責任を持つものが行ってはならないことをしでかし、味方を巻き添えにして散っていくダメな上司の典型 だったのだ。
***** ロランは、オリヴィエを友としている。 彼らがどうやって知り合ったのかについては別な物語にいくつかのバリエーションがあるが、大筋は、こうである。 ロランの母(シャルルマーニュの妹)は、未婚の身でありながら宮廷の重臣との間に恋をして、子を宿す。そのため兄の怒りを買って追放される。(自分から飛び出した、という説もあり) …この時点で、母はかなり考えなしの女。今時ふうに言えばビッチかDQN、王家の娘、まして兄が王であり貴族としての体面も守らねばならないとあれば恋にうつつを抜かして醜聞などありえない話で、まずこの設定にロランの持つ先天的な考えなしの要素が隠喩されていると言えよう。 で、放逐された母は野でロランを生み、宿無しの貧しい生活をする。力は強いがまともな教育を受けていないロランはかなりの暴れん坊であったらしく、そのへんを荒らしまわるので、地主の息子のオリヴィエがロランを止めに行く。そして取っ組み合いのケンカの果てにお互いを認め合い、親友となるのである。少年漫画的な展開だ、 …ここまでは、いい話である。 「ギルガメッシュ叙事詩」のギルガメッシュとエンキドゥの如く、野獣のような男も飼いならして人のようにするならばよし。知恵のあるオリヴィエ=地主の息子、暴れん坊のロラン=宿無しの息子 として、立場が上のオリヴィエがロランをコントロール出来るうちは、害が無い。 だが、運命のいたずらで、オリヴィエさんちの近くにシャルル王が行幸に来てしまう。 そこでロランとロランの母が発見され、ロランの母は兄と和解。この時点でロランは宿無しの息子から「王の甥」へと飛躍的な昇進、オリヴィエより立場が上になってしまう。つまりオリヴィエには、もう彼を止めることは出来ない。それどころか、王の覚えめでたい彼を、まともに束縛できる人間がいない。もはや誰も止めることの出来ない「タチの悪い暴れん坊」が解き放たれてしまうわけだ。 喩えるなら、「高級なスポーツカーを我が物顔で乗り回す、社長のお気に入りの甥っ子」あたりだろうか。 豪腕なので社長は信頼しているが、少々知性が足りなくてしょっちゅうキレる。おまけに交通ルールを守る気はない、常にアクセル全開。人を車ではねてもキニシナイ、その程度は社長が揉み消してくれる… とくれば、周囲はどんだけ苦労するかが分かるだろう。 「ロランの歌」の中で、ロランの周りの登場人物たちが見せる微妙な言動はまさしくそれであり、養父(母の再婚相手)のガヌロンが「あの義理の息子は傲慢だ」(※1)とか、「あいつがいなければ国はもっとマシになる」(※2)とかいう意味のことをブツブツ言っているのは、普段からロランが暴走しまくり、その後始末をさせられているにもかかわらずシャルルが一向に気にしていないことに対する苦心の表れとも取れる。 ※1、2 … たとえば29-30節 また、敵軍の将マルシルのもとへの使者としてロランが自ら行くと言い出したときにオリヴィエの言う、「君はキレやすいんだから事をこじらせるだけだ、絶対行くな」(※3)というのも、まさに彼の必要とされる役割のまま、ロランの性格を知っていてのことだろう。 ※3 …18節
そう、憎まれ役として登場するガヌロンですら、じつはロランに比べれば非常にマトモな常識人なのである。
マルシルは過去に、降伏すると見せかけて和平の使者を殺している。これは戦争としてやってはいけないルールであり、不利になったからと再び和平を持ちかけてきたところで、また同じことを繰り返さないとは限らない。だからガヌロンが使者に絶つのを嫌がるのは当然であり、発つ前から「命はないもの」と思っているのは常識的な判断である。 そんな危険な場所に養父ガヌロンを指名するロランは、敵意があると思われても仕方が無い。 シャルルは、出発前に狼狽しているガヌロンに「そんなに臆病じゃぁダメだろ」と言い、主人公であるロランもガヌロンをバカにしているため読者は惑わされがちだが、勇気と無謀は違うものである。 もちろん、ガヌロンのやったことは正しいわけではない。 国を正すために、暴走しがちな義理の息子を殺すのに敵の手を借りるという行為は非道に違いない。またマルシルが服従したフリをして裏切るつもりなのも最初に描かれたとおりだ。ガヌロンが何もしなくても、マルシルは裏切っていただろう。 ただ、この物語の主人公がかなりの非常識であることを知っていれば、ロランだけを援護することは出来ないはずだ。 正攻法では止めることも出来ない暴れん坊な同僚に、常日頃からイライラさせられていて殺意すら覚えたことのある人は、是非ともこの時のガヌロンの気持ちを察していただきたい。何かの幸運により、そんな同僚に、炎上確定の地雷プロジェクトを割り当てられるとしたら、貴方はそのチャンスを見逃すだろうか…。 *** さて、ロランを亡き者にするため一計を案じたガヌロン。ロランをしんがりにし、マルシル王に後ろから追撃をかけさせようとする。 しんがりの彼に任されたのは精鋭2万。残る一千はシャルルマーニュとともに先に峠を越えて帰国することになった。ロンスヴァルの峠は狭い。味方の軍がそこを通り抜けるまで、後方の敵に注意する…というのがロランたちの役目であった。
** しかし、しんがりの役目とは敵の奇襲にそなえるものであって、
奇襲を全部打ち破れとは誰も言っていない。
**
まして、その奇襲が敵の全軍だったなら。 しかも奇襲っていうか、相当早くから敵軍が来ることに気づいていたなら。 ガヌロンの裏切りがあったとしても、それでもロランには、まだ助かる道はあった。 本隊がさほど遠くまで行っていないうちに、角笛を吹いて敵襲を知らせればよかったのだ。ただ、それだけ。 オリヴィエは、山を越えてくる敵の大軍に気づいてロランに言う。「あの敵には勝てないから、援軍を呼ぶ角笛を吹け」と。※4 だがロランは「それはタワケのすること」と一蹴する。 ※4 …81節 ちなみに物語の中で、オリヴィエは再三「知将」として語られている。 ロランは猛く、オリヴィエは賢し。しかも幼馴染の友人同士である。……
**本当にお互いを認め合っている友人であり、友が賢いと思っているならば、
ここでロランはオリヴィエの言に従うはずである。
**
だが、ロランはそうしない。このあと、さらに二回、合計三回もオリヴィエの言を退ける。
「賢い」はずのオリヴィエの言う「援軍を呼べ」に対し「そんなのバカのすることだよん。俺最強!」と、返す。つまり彼はオリヴィエを賢いと評価してはいない。それどころか、バカにしてさえいる。ここに、立場の逆転がもたらす悲劇がある。
もしもオリヴィエのほうが立場が上のままであり、ロランがオリヴィエに従っていたならば、正しい判断に基づいて悲劇的な全滅は起こりえなかっただろう。知恵のないほうがトップに来てしまったため、ここの部隊2万人は、これから無駄死にしていくのだ。 援軍を呼べ、という三度の警告を無視され、もはや味方が遠く去ってしまい、今からでは呼んでも間に合わないと悟ったオリヴィエは、覚悟を決めて死に戦に挑もうとする。しかし、それが彼の本意ではなかっただろうことは、文中から察せられる。 そしてまた、敵軍を眼前にしたロランも、今さらながらに「…やっぱこれはヤベエ」と、思うのである。
それまで強気ムンムン、倒す気満々のくせして、88節まできていきなり「俺が死んだあと俺の剣を手にする奴には、さすがの逸品だと言わせてやる!」などというが… ただの強がりだろっていうか… 死ぬならお前一人で行けよ。
オリヴィエもそう思っていたに違いなく、敵軍を前にして今さらのように強気な態度をとっているロランにかける言葉はこれ。 「今さら何をかいわんや! だ。 角笛(援軍要請)を吹くことを、飽くまでおんみは拒みたれば、 シャルルの王に救援をまつことは、もはや叶わじ。 この事態、王はご存知なしとせば、勇士に落度あるはずもなく、 かなたゆく人々(シャルルの本隊)もまた、非難をこうむるいわれなし。」(佐藤輝夫訳・92節)
つまり**「全責任はテメェにあるんだよ、ロラン!」と、ブチきれている**わけで、ここに二人の信頼関係とか親友という感情は読み取れない。いや、どう贔屓目に見ても彼らは背中合わせで戦う親友という関係ではない。暴走しがちなロランを必死で食い止めようとする昔馴染み、常識人であるがゆえの苦労、さらには、地方領主の息子からロランのお陰で王の側近まで出世してしまったがゆえに縁を切れない悲哀みたいなものまで想像すると泣きそうになる。そんな腐れ縁に付き合わされて、無駄死にしていかねばならないとは、なんたる悲劇。
話はまだ続く。 ここでロランが真っ先に散るならよかったのだが、何の因果か彼は主人公である。主人公は、どんなDQNでも最後まで生き残るのが世の常。そう、たとえばガンダ●シードのアレとか、アレとかみた… ゲフンゲフン。 味方が次々と倒れていく中、こともあろうにロランは言うのである。
「やっぱヤバくね? 角笛、吹いちゃおっか」
…最悪である。 プロジェクトが炎上どころか大炎上して、優秀なスタッフがこぞって過労で倒れた後に方針転換するようなものだ。この状況判断能力のなさは悲劇的。
しかもロランの言は「このいくさ、味方には手ごわし」である。そんなことは見れば分かる。**2万の軍勢が、10万に勝てるワケもない。**オリヴィエは最初から何度もそう言っているのに、聞いていなかったというのかキミは。
自分の判断ミスで負け戦になっているのに、味方がふがいないから勝てそうにない、とでも思っているのか。 このときオリヴィエがどれだけの絶望と怒りをもって叫んだかを想像して欲しい。もはや生き残るどころか味方のいくばくかを逃がすことすら絶望的なこの状況で、それまで溜まりに溜まっていた思いのたけをブチまけるそのシーンを。
「誰の責任でもない、テメェのせいなんだよ! もういい、妹と貴様の婚約は解消だ!」
しかし雰囲気の読めないロランはこう返す。
「…なんで怒ってんの??」
人の痛みの分からない男、甥っ子かわいいシャルル大帝様が全て許してくれていたために反省も出来ないまま来てしまった主人公による最悪の反応。「ロランの歌」最大の悲劇である。 ここまで雰囲気読めないと逆に清清しい。オリヴィエもきっとふっきれたこだろう。ああ、こんな男に付き合ってきてしまった自分の人生って一体。ごめん妹、兄ちゃん生きて帰れそうもない。 ――かくてフランス精鋭部隊2万はロンスヴァルの峠にて果てる。 しかし、悲しむべきはロランの死ではない。 彼の誤判断によって死んでいった2万人の部下たちの死であり、ただの一度も報いられることなく散っていったオリヴィエの死である。
…ここでロランだけ生き残ってたら最悪な物語が完成していたんですけどね。
せめて死んでくれてよかった、というべきか。或いは、こんな救い様のない男でも救われることが主の偉大なる愛だと語るべきだったのか。 オリヴィエや他の騎士たちが死んでいるのを見て、彼は最期の時にはようやく、自分の愚かさを知ったかもしれない。
それとも、何故そうなったのか、全て自分の責任であるということを、結局、理解しないままだったかもしれない。むしろそっちの可能性のほうが高そうに思える。
他人を信頼できぬもの、自らを過信するもの、過ちを認めないものが上に立つと、こうなるといういい事例だろう。 どんなに優秀なメンツが集まっても、ロランのような上司がつくだけで、プロジェクトはコケる。 いかに優秀なサブリーダーがいても、チーフリーダーがその進言を全て蹴れば、意味はない。
だからどうか人々よ、決してロランのようにはなるな。似ている人を見つけたら逃げたほうがいい。いつロンスヴァルに連れて行かれるか分かったものではない。――どうあがいても過ちを認めない上司は、全滅の時までその過ちに気づかない。そして全滅したあとも、過ちの原因を自らに帰結することは決して無い。注意することだ。
これってきっと、現代人に対するロングパスな教訓物語だと思うんです。
なお、この感想は私の個人的なものであり、ロランはどうでもいいからオリヴィエに生き延びて欲しかった読者向けです。 世の中には、「ロランかっけー」「男らしくて大好き!」という方もいらっしゃるかもしれません。そうした方々には不快な内容かもしれませんが、そこは個人個人の感性ということで。こんなロランでも好きになれるのならば、ロランに仕えて華々しく散る名も無き兵士に相応しいものと存じます。そうした素晴らしき献身的な人々が、物語の屋台骨を支え、或いは現代世界では、この社会を影から支えているのであります。
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■シャルルマーニュ伝説 -The Legends of Charlemagne
LA CHANSON DE ROLAND
◆「ロランの歌」とは? … 「ローランの歌」と書かれている場合もある。ロランはシャルルマーニュの甥、オルランドゥのフランス語名。カタカナ表記だと全然似てないが、綴り自体は「ローランドゥ」なので、実はそれほど掛け離れてはいない。 簡単にあらすじを言うと、シャルルマーニュがイスパニヤに侵攻し、マルシル王を追い詰めた際、奸臣ガヌロンが裏切ったことにより、右腕となるロランと、その親友オリヴィエが戦死するという悲劇的な物語である。 が、悲劇とは言いながら、ツッコミどころは満載。さすがシャルルマーニュ伝説、ツボは決して見逃さない。 ◆歴史とのリンク …
シャルルマーニュ伝説の特徴は、とかく事実を不自然に誇張したがると、いう点にある。まぁそれ言っちゃうと叙事詩なんてやつはほとんどが歴史ファンタジーなんですが(笑)
イスパニヤ侵攻自体は歴史的事実で、この戦いからの帰還途中、ピレネー山脈のロンスヴァルで何人かの部下が命を落としているのも事実だが、規模や時期、登場する人物には、歴史的な正確さはほとんどない。イスパニヤ侵攻は8世紀の出来事だが、「ロランの歌」が書かれたのは、最古の写本で11世紀半ば。詩人は歴史を記録したかったわけではなく、過去の偉大な王であるシャルルの業績を派手に称えたかったようである。
◆あらすじ … この物語には、本来1から291までのパラグラフ番号がついているが、面倒なので端折った。 オックスフォード・ボードレイアン・ライブラリー所蔵写本を底本とした和訳から。
◆ポイント解説
・ヒゲにこだわる男たち
・異教徒に対する誤解っぷり
・「12人衆」とは? ◆おまけ
使用和訳;筑摩世界文学大系10 中世文学集 筑摩書房 昭和53年 第三版